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2011年2月19日 新潟日報 掲載

あーとぴっくす
 

松本健宏 蝋染め展「人生について」
(2011年2月19日〜27日 新潟絵屋)

松本健宏「誕生 古屋にて」

ろう染めで描く心象の風景 伊藤純一(建築家、新潟絵屋運営委員)

 
 京都の染色作家・松本健宏さんの個展が3年ぶりに新潟で開催される。溶かしたろうで布地に描き、染め、ろうを塗った部分を白く染め抜く、ろうけつ染めと呼ばれる伝統的な技法を用いた心象風景が代表的だ。松本さん特有の、その場の空気、その場に潜むエネルギーを幻想的に映し出し、見る人の心を何時の時かわからない<今>に時代を飛び越え連れて行く。
 3年前、初めて目にした松本さんの作品は、丹後伊根の舟屋集落で受けた郷愁を表現したものや、山陰地方の流しびなや嫁入り行列といった儀式をモチーフにしたものであった。そこから発せられる何かによって、わたしは心の奥底にある水面が揺れ記憶がよみがえるような新鮮な感覚を持った。それは布地が染まり絵が浮かび上がるかのようであり、その何かがわたしの心に鮮明に浮かび上がった。創作によって、自身の心の奥底に刻まれた記憶を探る松本さんと、同じように作品から記憶を探る私がいたのだった。
 その後、新潟での個展が決まると、展覧会を前に松本さんは新潟に滞在した。時間をかけて、まちに潜む何かを感じ取り、くみ上げる。新潟で発表した作品は、かつて新潟のまちに存在した「掘割」がモチーフとなった。新潟市民でさえも忘れかけている新潟の新潟たるアイデンティティーは掘割なのだと感じたのだろうか。
 前回の個展から3年の歳月が流れた。その間松本さんは家族を亡くし、その2カ月後に長女を授かる。「誕生 古屋にて」=写真=は生と死、それにまつわる儀式に立ち合ったことから生まれた。人生という長い時の中において<今>の自分の心、<今>の人間の心、松本さんは心の奥底をどのように呼び起こし昇華させるだろうか。

松本健宏

松本健宏・新潟絵屋