News Paper
2009年1月22日 新潟日報 掲載

アンティエ・グメルス展に寄せて
 

星きらめく小宇宙

1000 Prayers アンティエ・グメルス展
(2009年1月24日〜2月8日日 新潟絵屋)


巌谷國士(仏文学者・美術評論家・明治学院教授)
アンティエ・グメルス展


 5センチ×5センチのカンヴァス。なんと小さな絵なのだろう。最近、アンティエ・グメルスさんに新作のシリーズを見せてもらったとき、私は驚き、つぎの瞬間にはもう魅きつけられていた。
 それぞれのカンヴァスには黒い地色が塗られ、単純できれいな色彩の物たちがくっきり描かれている。光る作品もある。火や水や石や木や葉や、目や球や渦巻や三角など、自然界の単位のような、夢の元素のようなオブジェたちのうかぶ画面は、みな不思議で可愛らしく、ときに神秘的でもユーモラスでもある。
 一点一点を見てもおもしろいが、数点をタイルのようにならべるとまた違った印象が生まれる。アンティエさんは毎日これをいくつかずつ描いているだけでなく、なんと千点もの連作をめざしており、しかも近く一挙に展示する計画があるのだと聞いて、私はまた驚いたものだった。
 さて、そんな新作展がほんとうに実現される。会場はこれまで毎年のようにアンティエ展をひらいてきた新潟の絵屋ギャラリー。長く市内の竹野町に住み、雪国の地霊に親しみながら絵とメルヘンの旅をつづけてきたこのドイツの妖精めく女性画家の個展は、今回も当然のように大きな変化をとげ、かつて見たこともない新しい絵画空間をくりひろげる。
 千点もの小さな絵が黒い壁の上にちりばめられたとき、はたしてどんな光景が現出するだろうか。それぞれ個別のフォルムと色をもち、光を宿してもいるこれらのタブローたちは、夜空にうかぶ四角い星々の群のように見えるだろう。会場でまず私たちを迎えるのはそんな星空であり、多色にきらめく宇宙の似姿であるだろう。私たちはその光景をしばらく眺めてから、こんどはひとつひとつの四角い星に目を移すはずだ。それにしても、千点のすべてをじっくり見ることはむずかしいし、見はじめればかならずどれかの星に目をとめてしまう。そしてその画面から、また別の宇宙へと吸い込まれる。これまで出会ったこともないというのに、なぜか遠いノスタルジアをよびおこすような、ある既視感とむすびつく小宇宙である。
 この個展には「千の祈り」というタイトルがついているが、もちろん祈りといっても画家の宗教的心情の表現などではない。むしろ作品の一点一点が、何かへの祈りを誘うということだろう。その何かとは作品以前に用意されたものではなく、作品自身のいま喚起するもの、ノスタルジアの奥にひそむ個人をこえた本源である。作品は私たちひとりひとりの鏡に似て、私たち自身の祈りを映しだすこともある。
 私たちはそれぞれ自分にふさわしい四角い星を見つけ、そこから夜空へと旅立つことができる。四角い画面はそのとき、向う側へ通りぬけられる鏡に似る。自作はすべて「透明な自画像」だとアンティエさんはいうが、それは同時に私たちの透明な鏡にもなるということである。
 前回の東京での「ひ・か・り」展にあらわれた高さ2メートルをこえる大画面から、今回の縦横5センチしかない小画面まで、アンティエさんの絵画の旅は極大と極小のあいだを行き来しながら、外でも内でもあるような未知の宇宙に近づこうとしている。

新潟絵屋・アンティエ・グメルス展1