News Paper
2010年3月1日 新潟日報 掲載

あーとぴっくす
 

妙に懐かしい言葉以前の情景

梅田恭子「ディム、ソノ音」―銅版画 板に鉛筆画―
(2010年3月2日〜10日 新潟絵屋)


田代草猫(俳人)
「dim 3」銅版画 2010年


 字がうまいとか達筆である、ということではないのだけれど、梅田さんの書く文字は美しい。ひらひら落ちては消える春の雪のよう。タイトルの「ディム」とは「薄ぼんやりとした」という意味だそう。でも梅田さんの作品自体は案外ぼんやりなどしていない。
 時として天体望遠鏡で撮影された、はるかかなたの天体のように、或いは顕微鏡のプレパラートに蠢(うごめ)く微生物の姿にもみえる作品は、そのどちらでもなく、梅田さん自身の心。それも文字や言葉になる以前の、感情の動きがそのまま描かれたものなのだろう。
 明確な輪郭を与えたら、どんどんウソになってしまう細やかな、しかし確たる感情の流れは、胎内のような薄闇に生まれ、成長し、暴発し、流動し、収斂(しゅうれん)し、また薄闇に消えていく。梅田さんの作品を言葉にするのは難しい。言葉以前の情景だからか。でも初めて目の前にした作品なのに、どこか遠い昔、その風景をみたことがあるような既視感、妙な懐かしさを覚えるのは、自分の内にも存在した心の中の情景だからなのかもしれない。
 雪片のひとひらずつを記録し続けた学者がいた。梅田さんもまた、自分が存在しているその一刻一刻の感情の記録をし続ける。雪は無音のようでいて雪の降る音というのは、やっぱりある。「ソノ音」というその音も無いようでいて、確かにある音なのだろう。以前、作品をみた時、無音のようでいて流れ続ける音がある、と思ったが、梅田さん自身もその音を聴いていたのか。

「コココエ」 2010年 
銅版画 ed.7  19.3×15.4cm
「シツシ」 2010年 
板に鉛筆画 45.0×45.0cm