News Paper
2012年11月25日 新潟日報 掲載

にいがたの一冊
 

橋本啓子著「水と土の新潟 泥に沈んだ美術館」

「水と土の新潟 泥に沈んだ美術館」
橋本啓子 著・
発行所:アミックス
定価1,000円(税込)
A5判 160ページ


 
詳細に調べた「騒動」の背景 大倉宏(美術評論家)

 カビと蜘蛛。
 この二つの言葉で、新潟市美術館は2年ほど前、全国に知られることになった。新聞やインターネットで流された情報で、人が抱くのは、独裁的な新館長が、それまでの専門職員を美術館から追い出し、その結果美術館にカビや蜘蛛をわかせ、館長が更迭されたというほどのものだろうか。
 本書は本紙記者だったこともあるライター、音楽家である著者が、当事者に取材、関連資料を調査閲覧し、より詳細なコトの経緯を明らかにしたもの。
 発端は10年前、初当選した篠田昭新潟市長が、当時の市美術館のあり方に疑問を感じ、「改革」を意図したことにあった。上からの改革に反発した現場。内部改革を困難とみた市長は、再選後、北川フラム氏に「開かれた美術館」への改革を依頼。北川新館長と職員の間に萌芽を見せた対話も、同氏をディレクターとする「水と土の芸術祭」を契機に膠着し、改革・反改革の人々の争いの構図が生まれる中で、発生したカビと蜘蛛の出来事がスクープされたという。館長更迭後に市長が設置した美術館の「評価及び改革に関する委員会」の内容を紹介しつつ、市長の抱いた疑問も明らかにされる。
 地道な「百年の計」で集められる充実したコレクションで、市民を教育する施設を目指した美術館は、北川氏に、問題を抱えるグローバルな世界と、今の市民に、もっと開かれ、じかにつながろうとする美術館に改革されようとした。必ずしも対立するものではない二つの考えが、対立し、結果として新潟市美術館は泥に沈んだと筆者は言う。市長の性急、現場の頑なさ、いたずらに対立をあおった一部報道のあり方にも、厳しい批判の目を向ける。
 事態の推移をたどりつつ、最終的には、北川氏の思想や人間に共感を感じたと著者は記すけれど、北川氏擁護の「立場」から書かれた書ではない。
 初めに書いたような、単純化されたイメージによる曲解の広まった背景に、大半の市民の美術館への無関心があったと著者は指摘する。著者も美術が専門ではなかった。しかし騒動を契機に、素朴に関心を向け、問いかけ、人や資料に訊ね、自ら考え、本書を書いた。
 起きた出来事の向こうに広がる、日本の美術館のあり方という、美術館と市民の関係と言う、厄介で、大きな問題に、読者が同じように、素の個人として向き合い、考えだすきっかけを差し出している本だ。