■ あーとぴっくす
|
味わい深い「刺しゅう絵本」
長尾玲子展「12ヶ月のサンプラー」
(2008年12月2日〜10日 新潟絵屋)
|
井上美雪(新潟絵屋運営委員) |
長尾玲子さんの絵本は、昨年のちょうど今ごろ初めて出会った。
それは同じクリスマスイブの出来事を、小さな女の子あっちゃん、ケーキやさん、サンタクロースの三人の違う視点で描いた三冊だった。三つのお話がトライアングルのようにつながっているのが面白い。縦13センチ、横14センチの小さな絵本は、絵が「刺しゅう」なのだった。
糸でぽっこりとした刺しゅうの絵は、丁寧に一針ずつ刺されている。そのことの不思議が後になって、だんだん伝わってきた。はじめは糸目の線だけで描かれる絵のシンプルさ、そして登場人物も顔に目や鼻や口などのパーツがないことに違和感を抱いたが、何度も本を開くうちに、描かれない顔に顔が感じられるようになり、お話の扉の向こう側へ引きこまれていった。着色されていない積み木の自由さと似た感じがあると思った。さまざまな絵本の中でも、独特の味わいを感じさせる作品だと思う。
個展のテーマは「12ヶ月のサンプラー」。サンプラーは標本箱を意味するそうで、さまざまな12ヶ月が刺しゅうで表現されている。「社食」では社員食堂の、「ひよこ組」では保育園か幼稚園の、「サンタクロース」ではあのサンタクロースの12ヶ月が描かれる。絵本でも、このシリーズでも、作家の観察力のこまやかさがすばらしい。日常の細部に向けられる生き生きとした好奇心が丁寧な糸に縫い取られて、季節の移り変わりが思いがけない切り口で語りかけてくる。
年の瀬迫る12月。それぞれの1年を振り返りながら、細密な針の仕事で作り出された世界をご堪能いただきたい。
|
クリスマス・イブのおはなし
「あっちゃんとゆびにんぎょう」「100こめのクリスマスケーキ」「サンタさんのいちにち」
作・絵: 長尾玲子
出版社: 福音館書店 |
|