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2000年4月1日 新潟日報 掲載

美術時評
 


小川弘幸(文化現場主宰)

 「身体学展/危険な境界」(2000年2月15日〜3月12日、新潟市・アトリエ我廊)は県内30人の現代美術作家が同一テーマで挑んだ競作展。「身体とは」の解釈や表現をめぐって多様な世界が展観されていた。しかし、全体的な印象として残るのは、「危険」というよりはむしろ「安全」な境界といったところ。作家のテーマに対する取り組み方の姿勢の違いということがまず気になった。
 せっかくの機会なのでとりあえず引き受けたとも思えるような、テーマの掘り下げに欠けるつきあい的な作品も散見され、そのことが全体を包む緊張感と興奮をそいでいたような印象を覚える。それらが同一の規格で一様に配列されているさまは(作品に付された売価もタイトル同様目に入るわけで)、見本市か何かを見るようでもあった。
 公募展ではないので入選作を集めたというわけでもない。今年で3回目となる同展の抱える課題は少なくなさそうだが、会期中にシンポジウムを開催するなど、同画廊ならではの意欲的な取り組みではある。今後とも目が離せないのはもちろんのこと、賛否両論を含め、もっと話題になってもらいたい。


 「新潟の美術2000/鈴木力・柴田長俊」(2000年3月1日〜20日、新潟市・県民会館ギャラリー)は広い空間での二人展で実にゆったりと展観できた。回顧形式ということもあり両名とも代表的な大作ばかりが並んでいたが、とりわけ心打たれたのは、鈴木の金泥、柴田の月(または太陽)の用い方に象徴される近作の画境。これらはまさに現在進行形の幸福的出会いを実感させるものだった。
 同展は、これまで県在住作家の仕事を紹介してきた「新潟の美術展」が、県外在住作家も対象とするようになっての第一回展とのこと。対象作家の枠を広げたことに対する是非に興味は持たないが、リニューアルに至った背景および展望こそ気になるところ。今回題された「絵画の再生へ」というサブタイトルは、同展の再生にも向けた意気込みと見てとることもできそうだ。