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2002年5月3日 新潟日報 掲載

あーとぴっくす
 

描くことの「素」の息づかい
黒田征太郎の世界展
(2002年3月21日〜7月28日 寺泊町 相澤美術館)

大倉宏(美術評論家)

 素描の名コレクションで知られる相澤美術館で、黒田征太郎の大きな新作27点を並べる充実した展覧会が開催中だ。目の粗いキャンバスに、白い絵の具をなすりつけ、白い紙をはり、鉛筆で、ペンで、絵の具で、線を、文字を、イメージを描く。その描くということの素(す)の息づかいがとても、いい。海風に揺れる葉桜がガラス越しに見えるロビーの冒頭の壁におかれた2つの絵には、分厚く塗られた絵の具をこそげるように、OKINAWA 2001 8・15と書かれている。その場所、日付にジーンときている、そのジーンだけがどこまでも響いている絵。
 続く黒い壁の部屋に並ぶ25点は、どれも今年の日付がある。白い闇の中に白い太鼓の音がなっている。そんな気がする。美術館の最上階の海を見下ろす部屋にある難波田史男の線に、どこか近いようで、遠いような。近いは、やさしい子供をおぶったまま大人になった人の傷つきやすさ。遠いは、その子供をしょって世のはてまで歩いていける足のつよさ、だろうか。
 去年の9月11日、この人はニューヨークにいて4キロほど離れた場所の事件をテレビで見て、窓のむこうの澄んだ青空を見た。その日からずっと日本に手製のはがきを送り続けた。「今、アメリカという僕にとってはイノチの根っこに住んでいるトゲの国」を「記写」したそれらは『空から堕ちた』(新風舎)という本に構成されて、会場でも売られている。いま世界とよばれる場所で、日本人であることの素が見える本だ。
 美術館内のギャラリーに、この人の小さい鳥の絵が飾られている。水彩やアクリルの絵の具の色がその澄んだ青空みたいに、美しい。