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2002年6月12日 新潟日報 掲載

あーとぴっくす
 

絵を描く歓び伝わってくる
猪爪彦一 ガラス絵展
(2002年6月1日〜6月15日 楓画廊)

田代早苗(新潟絵屋企画運営委員)

「6月の光の中へ」SM
 2002年

 「今どき“アート”なんて言ったって写真やビデオはおろか、コンピューターを使ったものまでもう当たり前なんだから『絵を描く』なんて行為がむなしくなるよね」。どこかからそんな会話が聞こえてきた。しかし猪爪のガラス絵にはそんな言葉をはね返してしまう力強さがある。
 画面はサムホール、あるいはそれ以下。ガラスに描くという技法上、今まで氏が描いてきたタブローに比べても格段に小さい。モチーフは今までも氏の作品に取り上げられてきた卵や球体、ホオズキなど決して目新しいものではない。
 しかし具象画、抽象画といった表現様式以上に自己の内的世界を意識的に展開し続けた氏にとってガラスの裏から丹念に水彩絵の具を塗ってゆくこの技法は思いのほか、楽しいものだったのではないか。ガラス面の向こうから画家自身の手ざわり、息遣い、そして体温、何よりも、絵を描くことの歓びが伝わってくる。
 シンプルな画面をいろどる色彩は鮮やかで楽しく、それでいて穏やかな詩情をたたえている。これまでの氏の作品に一貫して流れているのがこのポエジーなのだ。
 表現手段がどれほど多様化しようともアートが見るものに伝えるのは皮相な観念の世界でもなく、小手先でひけらかす技術でもなく、つまるところ「人」ではないか。作品を通して、愚直なまでに真摯な態度で画面に向かい絵筆を動かす猪爪氏の横顔がみえてくる。