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2003年3月7日 新潟日報 掲載


 

絵画を身近なものに
「画廊たべ」田部直枝氏を悼む

里村洋子(「画廊たべ『絵のある茶の間』物語刊行委員)

写真:明星敏江

 新発田市にあった「画廊たべ」の画廊主、田部直枝氏が亡くなられた。享年97歳。1905(明治38)年新潟市に生まれ、14歳で給仕として新潟貯蓄銀行(昭和19年に第四銀行と合併)へ入行。支店勤務時代に画家佐藤哲三、同僚で多くの素描を描いた佐藤清三郎と交流を持ったことが原点となり、銀行定年退職9年後に画廊を開いた。67歳のあらたな出発であった。
 画廊は自宅を開放したものだった。閑静な住宅地の中の、知らなければ通り過ぎてしまいそうな普通の民家で、茶の間、廊下、床の間なども展示スペースだった。奥の部屋には囲炉裏が切られ、そこでお茶をいただきながら居合わせた人たちといろいろなお話をするのも画廊を訪ねる楽しみのひとつ。
 「絵のある茶の間」そんな雰囲気がぴったりの画廊であった。
 運営は23年続いた。その間、氏が最も敬愛した2人の佐藤展を中心に、山下嘉吉、東本つね、上野誠、高良真木、細野稔人、本間吉郎をはじめとする多くの画家の作品を年2、3回のペースで紹介し、また、画廊を訪れた人の感想文で構成する画廊通信「絵」も55号まで発行した。おしまれつつ閉廊したのは1995年、不慮の火災に遭ったことによる。氏90歳の時だった。
 普通の暮らしを背景にした中で見る絵は不思議にどれも身近なものに感じられた。ご高齢田部氏がゆっくりいれてくれるお茶にくつろいだ。こんなふうに飾って楽しめばいいのだ。肩肘はって絵に対していた気持ちがふっとゆるんだ。
 そんな普段着のような居心地の良さに惹かれ、通い続けた者のひとりとして、こういう画廊主と画廊に出あえたことをとても幸せに思う。風情は今「新潟絵屋」に受け継がれ、通信「絵屋便」のロゴは田部氏の揮毫になる。