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2004年2月8日 新潟日報 掲載

にいがたの一冊
 

瑞々しい心 随所に
金田 弘 著「四方四佛 風狂洞随想」

大倉宏(美術評論家)

「四方四佛 風狂洞随想」
金田 弘 著
定価5,000円+税
湯川書房刊

 兵庫県在住の詩人である著者は、戦時下に早稲田大学で会津八一の薫陶をうけ、戦後は西脇順三郎の詩に震撼させられ、東京に西脇を訪ね三十余年にわたる友となった。
 この本は『旅人つひにかへらず』(筑摩書房)『會津八一の眼光』(春秋社)など、以前の著書でも書かれた「越後の二人の偉大な先達」の話から、ダダイスト詩人高橋新吉や同郷の三木露風との出会い、映画監督の浦山桐郎、俳人永田耕衣、激しく純粋に生きた親友の詩人、画家の皆光茂など、著者が意気を通じた人々の記憶を綴った随想集。
 あとがきによれば西脇の詩集『旅人かへらず』の冒頭の言葉が、当初書名になるはずだったという。遺族に了承を求める手紙を書くが返事がない。「甘えすぎた発想では」と「心を痛め」、謝りの書簡を出すと入れ替わりに、病気で返事が遅れたとの手紙が遺族から届くが「後の祭りであった」とある。
 この逸話に窺える少年のような心の揺れが著者らしい。人に対する成心のなさ、思いの瑞々しさが、どの随想にも通っている。
 死を語る文も多い。中で戸谷松司(元姫路市長)との別れの場面は心に残る。中学の同期生として選挙で応援。当選後は土木屋だという市長に「文化のことは分からないので力になってほしい」と頼まれ、節度を持しつつ市政に協力を続ける。一方戸谷はさまざまな場面で著者を気遣う。
 著者が『高橋信吉 五億年の旅』(春秋社)を出すと「どんな勉強をされているのか想像ができません」と素直な驚嘆の礼状を書くほど、戸谷は著者と住む世界が隔たっていた。二人は戸谷の死の床で両手を握り合って別れる。沈黙のなかで二人の思いがふれ合う一瞬を語る言葉に、真情がみなぎって心をうつ。
 理解とは別次元で、人は人を感じることがある。著者は八一への師事も初対面の「眼光」に引かれ即決したという。知識ではなく感受が、人生のあらゆる場面で著者の羅針盤になったのだ。
 「四方四佛」の書名は著者の受けた八一の東洋美術史の講義ノートから取ったという。堂塔の滅びた寺の往時の様を記す「西大寺資財流記帳」にある言葉らしい。
 失われた仏たちのイメージと、著者の心にさまざまなものを置いて去った人々の記憶が、重なりあったのだろうか。
 装丁も美しい一冊。