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2004年6月22日 新潟日報 掲載

あーとぴっくす
 

表情変える和紙と墨の世界

金 兌赫(キム テ ヒョク)
(2004年6月18日〜29日 羊画廊)


田代早苗(俳人)
 

「Imperfection in space-31106」
木版 55.0×68.5cm 2003年

 うす墨色の水底を浮上するとも潜航するともなく漂う一隻の潜水艦。和紙の穏やかな質感が潜水艦を包み込む水晶のような水圧を思わせる。
 今回展示された《Imperfection in space》(不完全な空間)=写真=と題される作品群の一枚だ。画面の潜水艦とみえる形は作家が最近モチーフとしている折り紙の舟のシルエットで、希望や夢、はかなさの象徴なのだと言う。また折り紙の舟同様、画面にしばしば登場する立方体もよく見ると歪(いびつ)で、これもまた「不完全な空間」たるこの現代社会を象徴するものなのだそう。
 しかし意味するものが現代社会の矛盾や歪(ゆが)みであれ――韓国に生まれ日本で学び、二つの国を行き来する作家であればより痛切に感じてきた事であろうが――和紙と墨の織りなす木版の画面はある時は柔和に、ある時は激しくその表情を変え続ける水のように複雑な美しさをみせる。世界が不完全で不確かなものだからこそ、作家は版画という表現に対して真摯であろうとしているのではないか。細やかなディテールも大胆な画面構成も、絵画でどこまで表現できるのか挑戦し模索し続ける作家の姿がみえてくる。浮かべればいつか沈んでしまう紙の舟ではあるけれど、行けるところまで行こうじゃないか。そんなふうに希望や喜びもみえてしまうのは、やはり現代という同じ舟の乗組員であるからだろうか。