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2004年8月11日 新潟日報 掲載

あーとぴっくす
 

線に密む少年の生真面目さ

今井庸介 銅版画展“Stray Boats”
(2004年8月6日〜17日 羊画廊)


田代早苗(俳人)
 

「The Ships Come in “Hage,Bones”」
etching. aquatint 20.0×62.0cm ed.25 2004年

 西東三鬼という人の俳句に「算術の少年しのび泣けり夏」というのがある。子供向けの俳句入門書などに「算術とは算数のことです。夏休み、男の子は算数の宿題が解らなくて泣いているのでしょうか」などと解説されている。この銅版画展にもそんな少年が密んでいるような気がしてならない。
 Stray Cat は野良猫のことだから副題は野良婦ね、さまよえる舟といった意味なのだろう。とはいえ一見したところ画面にはそんな印象はない。古い博物誌の図版を思わせるきっちりとした線は生真面目で端正。しかしそれはどこか少年の真剣さを感じさせる。例えば昆虫採集の少年が一心に標本箱にピンを打っているような。実際、一二の例外を除いて、描かれた魚はみな自分で釣り上げたものだそうだ。魚と骨、魚と爆発物処理の人影、といった組み合わせの作品は子供のカードゲームのように組み合わせることでパワーを増幅させる、画面上の魚のかっこ良さをより表すために、なのだそう。少年が自分の中のリアルな感情、放出しがたいモヤモヤをカードゲームや昆虫採集に託すように、作者もまた表現に常に揺らいでいるのか、それを「さまよう」という言葉で言うのか。確かに展示された作品は一点一点完結していながら常に次の方向を探しているようだ。そして新しい作品になるにつれて画面がどんどん自由に、明るくなってきているように思える。
 「算術の少年」がしのび泣くように作家も苦しんだり喜んだりしているのか。39歳の作家を少年と言うのも何なのだけれど、夏は少年の生真面目さがよく似合う。