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2004年9月22日 新潟日報 掲載

あーとぴっくす
 

「お話」がまるごと絵の中に

近藤美紀子展
(2004年9月17日〜28日 羊画廊)


正道かほる(児童文学作家)
 
「and so it goes」紙にアクリルガッシュ

 低く垂れ込めた雲から細やかな雨が海に降り注いでいる。海も空も茫々としてみどり。帆をおろした白い舟が一そう。波頭は雨に消され「雨域」の海面はあくまで静かだ。
 猫の爪のような細い月がかかる時計台。夏の終わりに、夕焼けの中で小枝のタクトを振る子供。ぶどう色のたそがれ時を行くバス。キリンのもくばや玩具の列車、雪原に降る光のような雨…。細い筆で毛筋のように色を重ねる近藤の絵は、どれも透明感があってシンと静かだ。CDケースを2つ並べたくらいの小さな画面なのに、じっと見ているうちに画面の深い奥から音楽が聞こえてくる。
 絵を観てそこから「お話」が沸き上がってくることがある。けれど近藤の場合、「お話」はまるごと絵の中にあるのだ。アクリル画だけではない。絵から抜け出して来たような石粘土の立体もエッチングも、静謐な空気を保ちながら「こっちの世界に入っておいでよ」と誘いかけてくる。
 子供やその周辺をも描きながらこれは子供のための絵ではない。「失ったものや失いつつあるもの、叶わない願いなどを抱えながら続いていく日々を、静かに表現したい」と語る近藤の言葉を聞いてなるほどと思った。かつては子供だったことを忘れていない大人たちの琴線に触れる世界だ。