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2004年10月1日 新潟日報 掲載

あーとぴっくす
 

画面にこもる有機的な世界

栗田 宏 墨彩ほか
(2004年10月2日〜10日 画廊 Full Moon)


坂爪勝幸(陶芸作家)
 
「境」

 とても静かな人である。そんなに長い付き合いではないが、僕の窯焚きの時や、時折画廊で会ったりする。いつも会うと困るのは僕のほうで、何故か僕の不真面目さやエセとは、大違いで、とても美術に真っすぐな人で、寡黙な人です。決して僕のように大声を上げたり、乱暴な事を言ったりせず紳士なのです。だから僕としては、何かとても恥ずかしくなってしまう。
 今回の墨彩や油彩、どれも一見モノトーン、無機質の世界のように見えるのですが、どっこい彼の複雑な思い、感情、色彩、厚みの在る空間、重量感などとても有機的な絵画です。彼が白の絵の具で画面を作るときは、きっと彼自身が、白い絵の具となって画面は、平面なのに3Dに入り込んで格闘を始める。画面の中で彼は、彼自身の声や足跡をとても注意深く、あたかも誰にも悟られないかのようにひそやかにその痕跡を画面に忍び込ませる事のできる達人です。だからその絵の表にはいつも人の通って来た微かなこすれた跡、誰かの背中に残した爪跡、のようにとても、とても人間の匂いのする痕跡が有ったりします。
 また別の絵は、ぼんやりとしか向こう側が見えないくらい雨に降り込められて心底困り果てて心や頭、体全体まで風景画の中に溶け込んでしまったかのような夢を見させてくれる。そしてまた、美しい色彩が、痕跡の中に微かに埋もれていたりして僕を静謐な思いにしてくれる作品なのです。