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2004年10月20日 新潟日報 掲載


 

大胆、即興的タッチ

坂爪勝幸展(モノプリント)に寄せて
坂爪勝幸展 ―モノプリント1981-82(2004年10月22日〜30日 画廊 Full Moon)
坂爪勝幸展 モノタイプ展(2004年10月22日〜30日 新潟絵屋)


藤田裕彦(新潟県立万代島美術館主任学芸員)
 
「作品」モノプリント 
  1981年 76.5×56.8cm

作品群、環境により変貌

 坂爪勝幸はインスタレーション的な方法論を駆使し、陶芸作品を単体で見せるのではなく、いくつかを組み合わせることで、それまでの工芸の概念には収まらない、大規模な作品を生み出してきた。
 自身は制作の原点は茶陶であると明確に述べているが、現在までに越後妻有アート・トリエンナーレに招待出品するなど、野外での発表も数多い。このような、従来の工芸作家にはあまり見られない、作品提示の方法は彼の個性の一つである。その背景には長期に渡る海外生活、特にアメリカでの生活が多分に影響を与えているといえるだろう。
 坂爪は村上市に生まれたが、1975年からは韓国に渡り築窯技術を学び、79年より国際交流基金の客員教授としてアメリカ・ニュージャージー州に渡る。そこで、生涯の盟友であり、アメリカ現代陶芸の第一人者であった、ピーター・ヴォーコスと知己を得て、ともに陶芸の可能性を模索することとなる。
 ヴォーコスは1950年にニューヨークで興った抽象表現主義絵画の、特に大胆で激しい迫力に影響を受け、陶に内包したパワーを開放するような、機能を廃した巨大でモニュメンタルな作品を作り出した。坂爪はともに広大な自然の中で制作を続けることで、陶芸作品における抽象表現の意味と、作品を取り巻く環境の重要性に気づいたと思われる。
 このたび展示されているモノプリントという技法は油絵具やインクをガラス板などに描き、それを紙に刷りとったもので一枚だけしか制作されない。坂爪にとっては珍しい技法による作例であるといえるが、そのすべてがアメリカ滞在中の1982年に集中して制作されたものである。ヴォーコス自身、ドローイングを基にした版画を数多く制作しているが、坂爪もヴォーコスのアトリエのプレス機を利用してモノプリントの作品を次々と生み出している。
 これらは茶陶がそのまま絵画世界に置き換えられたような、坂爪の制作に対する発想の原点を見ることができる。興味深い作品群である。
 抽象絵画のような大胆で即興的なタッチ、深淵なモノクロームの色彩は静かだが、着実に見る者を圧倒するかのようだ。さらに、作品自体は決して環境の介入を拒んではいない。
 だから展示される場所によって、その印象は異なったものへと変貌を見せる。それは、周りに左右されるということではない。むしろ、作品が周りを巻き込んでいくというべきものであり、作品は形象のみにて成立しているのではなく、あくまでそこに表出する精神性であることを明確に提示しているようでもある。
 ほとんど発表される機会もなく今日に至っているこれらの作品が、このたび展示でどのような新鮮な印象を生み出すのか。それは鑑賞する者だけが知りうる至福の時間なのかもしれない。