n e w s p a p e r
2004年11月8日 新潟日報 掲載


 

甦る昔日の新潟

「佐藤清三郎遺作展」
(2004年11月3日〜28日 新潟市西大畑町・旧日本銀行新潟支店長宅)
「三芳悌吉絵本原画展」
(2004年11月6日〜15日 みなとぴあ新潟市歴史博物館 旧第四銀行住吉町支店)


大倉宏(美術評論家)
佐藤清三郎
「川岸風景」
鉛筆、紙
制作年不詳


豊かな自然、庶民の町描く

 三芳悌吉の絵本原画展と佐藤清三郎遺作展が、新潟市の2会場で開かれている。
 十数年前、三芳さんを東京成城のお宅に訪ねたのは、佐藤清三郎の話を聞くためだった。佐藤は昭和20年、33歳で戦病死している。彼が残した数点の油絵と多数のデッサンは、遺族、友人の手によって大切に保管され、1973年に洲之内徹によって東京で紹介された。短い年譜に数少ない師として、三芳さんの名が書かれていた。
 三芳悌吉は新潟下町育ち。東京の太平洋画会で学ぶが、その以前、新潟での長い独学の時期があった。新潟の西堀前通りの路地に生まれ育ち、小学校卒業後銀行で働き続けた佐藤にとって、東京で活躍する三芳さんはまぶしい存在だったのではなかろうか。東京の三芳宅を訪ね、働きながら絵を学ぶにはどうしたらいいかと尋ねた。時間を決め路傍の光景をスケッチする「タイムスケッチ」を続けるといい、というのが独学時代に実践した三芳さんのアドバイスだった。
 佐藤は実行した。通勤の行き帰りや休日に町の一角に立ち、そこに見えるものを描き続ける。彼が見たのは路地を出た先の共同水道で水仕事をする女、町工場、やはり荒い物をする人のいる信濃川縁、万代橋下の家など記録写真や絵はがきが決して映し出さない、庶民の生活圏の光景が、ひたむきな筆致で紙に掬い取られ、残された。
 三芳悌吉は戦後行動美術協会の会員となり、風景や静謐な静物画を発表する傍ら、新聞小説の挿絵や絵本を描いた。定評ある正確で練達の描写力は、独学時代以来の素描の修練のたまものでもあった。70歳を超えてから出版された2冊の絵本『ある池のものがたり』『砂丘物語』はいずれも故郷新潟を描いたもの。少年時代を過ごした自身の記憶と、丹念な取材、すぐれた描写力によって、私たちの目は時間軸を遡り、失われた時代の光景の中へ引き込まれる。最晩年に大きな精力を傾けた『砂丘物語』では、清三郎と同じ路地で過ごした少年時代を描いている。
 新潟の歴史を刻む二つの展覧会が開かれる会場は、いずれも新潟市の歴史的建造物。主催が新潟市と市民団体との共催であることも共通する。会場と絵の空気が重なって、昔日の新潟の時が甦ってくる。