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2005年1月12日 新潟日報 掲載

あーとぴっくす
 

夢の中の物語のような一瞬

西村冨彌展
(2005年1月12日〜20日 新潟絵屋)


川瀬裕子(アートコーディネーター)
「失われた日」
40号
カゼイン、ガッシュ、テンペラ、キャンバス


 西村冨彌の絵には寂れた町中で一人遊びする少女、狼藉の後でもあるかのように川原に転がされた女、暗い海を静かに泳ぐ男、そして止まった時間の中でひっそりと身を寄せ合う男と女がたびたび描かれています。背景も登場人物も国籍不明で、まるで夢の中の物語のような一瞬がそこにあります。
 西村冨彌は、自分が描くものはとどのつまり全て自分が幼いときに見、感じたことだと言います。こうして1946年生まれの彼は、東京芸術大学大学院終了後、スペイン留学を経て現在にいたるまでの30数年、幼い日の目と頭脳の記憶の一瞬一瞬を描き続けています。
 彼の絵が人の記憶に長く残るのは、そこに描かれている一瞬の時を挟む「それまで」と「その後」の物語を、見る人に想像させるからに違いありません。少女は楽しかった移動遊園地が忘れられず、またその場所に戻って来てしまったのだろうか。男と女は久々の再会を喜んでいるのだろうか、それとも別れを惜しんでいるのだろうか。その絵を見るときによって、二人は幸せそうに見えたり、不幸そうに見えたりします。こうして、画家が私たちの心の中で無限に繁殖しながら心の時間を占領してしまいます。しかしその時間は決して暗くなく、なにか甘美で人への優しい気持ちを思い起こしてくれます。それは今流行の「癒やし」とは対極的なもの。心や体の傷を舐めるのではなく、逆に雄雄しく空気に曝すことで傷が乾き、風化していくようなある種の爽やかさをも感じさせてくれます。