n e w s p a p e r
2005年4月9日 新潟日報 掲載

あーとぴっくす
 

パリで描く繊細な日本美

スナオ・タナカ展
(2005年4月9日〜24日 画廊 Full Moon)


山田寿子(キングスコートギャラリー・オーナー)
赤い屋根


 芽吹きはじめたエゴノキの枝下でドバトが一羽、私の撒いた小豆をついばんでいる。
 春陽をあび餌を食む生き物を眺めながら、私は恩寵ということを思う。静穏な時の流れのなかで慰安に包まれてゆく幸福感であろうか。
 スナオの絵の前に佇むたびにいつしか私の心を満たしてくるもの。マティスの明るい色彩が官能を伴って視る者を癒すのとは異なる―いうなればフランス的ではないたたずまい。
 27年前の秋、パリのマレー地区にあるスナオのアトリエを私は初めて訪れていた。パイプや万年筆がたったひとつ置かれた画面―小さな対象に飽かず楽しげなまなざしを注ぎ子供のように賞玩しながら筆を動かす姿を想い、やがて私は日本人の繊細な美意識が生み出す静謐な幸福感に心を遊ばせていた。
 幼稚園で絵を教えながらパイプと万年筆ばかり描く(その日はそう思っていた)日本人はその日から私の「気になる画家」のひとりとなったのだ。
 夕刻、スナオの夫人とともに食事をしてホテルへ戻り私はエコール・ド・パリの画家たちについて考えていた。外国からパリに来て自国の伝統を創作に生かした画家たち―バスキン、キスリング、シャガール、モディリアニそして嗣治。小さな世界を慈しむ日本美の伝統がもたらす幸せに私の思いは廻った。