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2005年6月11日 新潟日報 掲載

あーとぴっくす
 

気品ある椿 強烈な印象残す

田村あや水彩画展
(2005年6月10日〜19日 画廊 Full Moon)


大倉宏(美術評論家)

 絵を描くいろいろな人たちと、長年会い続けていると、時折事件に出合う。といっても、それは絵の上の事件。
 田村あやの水彩画を見たのは、5年ほど前。瀟洒な洋室に似合いそうな、美しい花の絵だった。その美しさのなかにひそむ「目まい」の気配――水の流動感に引かれた。
 その感触はけれど花のイメージという、箱に大切にしまわれているふたを開けたら何が起こるだろう。好奇心で、花ではなく、抽象で一度描いてくれませんかとお願いして、思いがけず実現したのが、昨秋の新潟絵屋での個展だった。
 その後田村さんはまた、花の絵に戻っていったが、何かが変わるかもしれないという予感は、私にもあった。今回並べる絵を見てほしいと言われて、仕事場を訪ね、事件に合った。
 この冬、東京にある裏通りで、黒い水たまりに大量の椿の花が落下して浮かんでいるのを田村さんは見た。強烈な美しさに一瞬、圧倒された。今回の個展のためにタンポポやいくつか花を描いていたとき、突然その椿のイメージがあふれだしたという。
 鉛筆で描き、水彩を入れていくのではなく、それではイメージがほとばしる早さに追いつけないというように、水に溶けた赤が紙にじかに注がれる。赤に赤が混ざり、突き当たり、滲む。水と絵の具が意志を持ったかのように紙を駆け回って生まれた絵は、まったく不思議なことに椿そのもの――見る者の心を、突き抜けた瞬間の――になっていた。
 あらわれたイメージのなんというおおらかな強さ、そして気品。花々と対話する中で、少しずつ水深を増してきたものが、突然歌い出したよう。