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2005年7月16日 新潟日報 掲載

あーとぴっくす
 

見る側の創造性を触発する

本橋成一写真展“チェルノブイリからイラクへ
(2005年7月17日〜8月13日 小さな美術館「季」)


高橋武昌(小さな美術館「季」館主)
「川に舟を浮かべる子供たち」

 本橋のェルノブイリ事故を題材にしたベラルーシ・ドゥヂチ村の写真95枚は第17回土門券賞を受賞した。ついで、本橋はこの世界的悲劇の事実に着目して放射能汚染の村というイメージを根底から覆し、55人の老人と一人の青年アレクセイが村の真ん中の放射能が検出されない清冽な泉とともに日々の営みを続けるという「命」の素晴らしさ、豊かさを感動的に写した映画「アレクセイと泉」とその写真集も今回の写真展の一線上にある。
 戦争前夜のイラクの私たちと同じ普通の人間の暮らしを撮った写真を30枚展示する。例えば、豊富な農産物で溢れる市場、憎しみや悲しさと程遠い瞳の子ら、万華鏡を覗くような多彩なモスクの内壁、世界で最も古い文明を創造した誇りを感じさせるような老いた石工の手…私たちはイラクのどういう人々の上に爆弾や手りゅう弾が炸裂するのかイマジネーションを持てず、茶の間のマス・メディアからの米軍兵の死傷者数や破壊された建物や拳を振り上げたイラク人の姿ばかりを追っている。
 本橋の写真は世界の覇権とそれに対峙する人々だとか、戦争は最大の環境破壊だとかを声高に主張していない。逆に、イラクの国土と人々の豊かさ、長い時間を感じさせる歴史や自然の写真はイラクへの見る側の創造性を触発せずにはおかない。「アレクセイと泉」の手法にも通じる本橋の「眼」のスタイルに感動や興奮こそ湧くものである。


イラクの小さな橋を渡って 
池沢夏樹
(文)
本橋成一
(写真)

出版社名 光文社
発行年月 2003年1月
価格(税込) 1,000円