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2005年11月7日 新潟日報 掲載


 

“現代の壁画”誕生 「トラ」シリーズ 新旧作を紹介

長沢 明 展 2000―2004
(2005年10月29日〜11月20日 砂丘館)
長沢 明 展
(2005年11月5日〜15日 楓画廊)


三ツ井 伸一(楓画廊主)
「トラのサンボ」
寒冷紗に土、岩絵具
82.5×58.0cm
2005年

 「トラ」シリーズで知られる画家・長沢明の2つの個展が新潟市の2会場で開かれている。一つは砂丘館ギャラリーの「2000―2004」で、長沢が辿ってきた「本」のシリーズの始まりまでを15点展観。また楓画廊では「トラ」シリーズによる新作展で、150号の大作1点を含む9点を展示している。
 長沢明は1967年旧豊栄市生まれ。94年に東京芸術大学大学院日本画専攻を修了後、個展、公募展を中心に活動を始める。周りの具象志向の日本画の世界に反旗を翻すように、日本画の素材を用いながらも中央にイコンを据えた現代美術作品を発表した。
 その活動に97年五島記念文化賞「美術新人賞」が贈られ、翌年まで渡英する。帰国直後の個展で古い洋書を積み重ねたインスタレーションと古い洋書を砕いて固め支持体にし描いた平面作品やオブジェを発表する。そこに一貫して流れるテーマは「時の封印」と「全てのものは自然に還る」ということ。渡英中に長沢が感じた刻(時の流れ)を表現したものである。2002年、現在の新潟市豊栄博物館での大規模な個展は記憶に新しい。
 同年11月、楓画廊での個展に際し「純粋に絵画に戻ってみたい」と発表された新作がColor timeのシリーズで、岩絵の具の朱の色を基調とし一部に箔を用いた抽象作品。まず色から絵画に戻った作品群である。別れ際に「今後は形のあるものを描いていきたい」と語ってくれたことを記憶している。
 ある日、他の画家が自分の描いた一枚の新作の前で「古い洞窟の壁画のような絵が描けたら」とぽつりと語ったことがある。それから間もなく、長沢から神奈川での個展の案内状が届き、当時の情景が蘇った。「壁画のような絵」だと。ブルーと鉄粉の茶褐色をベースにして茫洋としたトラが描かれた絵。「形のあるものを描きたい」と語った長沢の「トラ」シリーズの始まりである。
 長沢にとってのトラはここでも具象日本画の「虎」ではない。実際の虎にこだわる必要はなく、四本足の獣であればよいと彼は言う。しいて言えば、「強さ」のシンボルとしての虎ではなく、虎の威を借りる人間、あるいは人間の浅はかな欲望を剥き出しにした虎。だから「虎」に見えなくてもいいのだと。
 今回の新作には、鉄分を多く含んだ土と石膏で地塗りしたパネルが用いられている。長沢はその支持体を「壁」と言い切る。また、土を「気張らなくてもよい素材」とも語る。そこには、砕かれた古い本と同様に自分と自然をつなぐもの、全ては自然に還るという一貫した認識があるようだ。その「壁」に今まではなかった淡いピンクや緑といった色も現れる。まさに「忘れていた絵」―現代の壁画の誕生である。

「Note」
ベニヤに砕かれた本、
鉄粉、との粉
60.5×91.0cm