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2001年8月2日〜12日


「白い雲のたくさんの流れは」
2001年 リキテックス、キャンバス
27.3×22cm
   

鈴木佳尚(すずき よしひさ)
■岩手県盛岡市生まれ。1992年映画「阿賀に生きる」東京上映委員会参加以後、何度となく新潟、特に鹿瀬町に足を運ぶ。その縁で新潟・文化批評誌「風だるま」月刊「ウインド」にイラストを描くようになる。95年セツ・モードセミナー在学。98年ART BOXイラスト準新人賞受賞。現在盛岡市在住。

鈴木さんと直接会ったのは、実はほんの数回しかない。でも、彼のちょっとへんてこりんな世界を身近に思うのは、以前彼と自作絵はがきのやりとりをしていたから。私はもっぱら自分の近況をまんがにして送っていたのだけれど、彼から届くのは、いつもその時その時のソワソワやドキドキやウキウキをきゅきゅっと詰め込んだ、つぶやきのような、歌のようなはがきだった。受け取るたび、ぽこっと手のひらがあったまるような心持ちになって、これはきっと鈴木ワールドの切れ端なんだろうな、なんてことを考えていた。その鈴木ワールドの住人・鈴木佳尚さん本人が、絵屋にやってきて出張アトリエを開く。祭りやアートイベントでいつもより少し温度が上がっている町の中で、鈴木ワールドはどんな空気を作るんだろう。一緒に、のぞいてみてください。(上田浩子)

今もしぶとく発行し続けている新潟・文化批評誌『風だるま』に、鈴木さんは毎号小さなイラストを寄せている。 巻末の奥付と「定期購読のお願い」に挟まれて、いつも、申し訳なさそうに1カットだけ。子どもが描いたように見えて子どもにはたぶん描けない不思議な絵に惹かれて、『風だるま』は毎号うしろから開くようになった。そのイラストの人と、「いい人・鈴木」のあだ名で私がよく知っている人が同一人物であるの知ったのは、ずいぶん経ってからのこと。ホントは画家だったんねぇ。絵屋で鈴木さんの作品を飾らせてもらうのなら、1カットだけなんてケチくさいことは言わない。新潟県内で毎日のように花火の上がるこの時期に、「ドォーン」と500発ぐらいは少なくとも見せて貰うつもり。足りない分は、絵屋をアトリエにして描いてくれるという話に、花火の日を待つ子どものように今から心躍らせている。 (村井 勇)

※8月10日(金)は、ラフォーレ原宿新潟で鈴木佳尚さんが「アートジャック」しています。




2001年8月16日〜30日

「W・YT」
エッチング・ドライポイント
    

小沼智恵利(こぬま ちえり)
■1970年群馬県生まれ。96・97年「ろまねすく」(新潟市)で個展。97・99年「群馬青年ビエンナーレ」入選、2000年「環境と都市の美術展」入選、県展奨励賞受賞。
 

銅版画っていいなあ――としみじみ思ってしまう一瞬がある。そりゃ、油絵だって、水彩画だって、木口木版、シルクスクリーン、おまけに写真だって、いいものはいい。だけど――これはあくまでも自分が銅版画好きだから思うことだけど、「銅版画、好きでいて良かったなあ」という瞬間があるのも事実。
何でなんだろう、とつらつら考えれば、まあ、あくまでコジツケっぽい説明にしかならないのだけれど、「線の1本1本にドラマがある」からじゃないか、とも思ってみる。
だって考えてみてくださいな。まず作家のアタマの中に1本の線があるとするでしょ。それを版に彫り込む。版を腐食させる。インクを刷り込む。プレスする。様々な過程を経てその1本にたどりつく。ほら、ドラマでしょ。
今回は「夢幻の世界」の小沼さん。きっと、いい、と思うな。 (田代早苗)
   

 
   

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