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2002年2月 |
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「共性」 2000年 |
渡邊 博(わたなべ ひろし) |
1980年代の後半ころ、はじめて見た渡邊さんの絵には、日本人形の少女や陶磁器、鏡台、経文の文字らしきものなどが浮遊していた。その後の十数年でイメージは背景のやわらかい暗がりに吸い込まれ、見えなくなった。けれど消えたのでないことは、完全抽象になった絵から流れてくる気配でわかる。 旧い不可視の日本に戸口を開放することで、渡邊さんの絵は見えにくさ=抽象の外観を得た。その暗がりのなかは奥深く、複雑で、心地よい。神社の境内のくすの大木の陰や、路地や、町家のほの明るい通り土間のように。 イメージの水没はしかし、渡邊さんの絵が「旧い日本」に生かされながら、そこからのゆるやかな自立をもはじめたことを物語るだろう。ひさびさに渡邊さんの絵を、近作を間近に見られるのが、とても楽しみだ。 (大倉 宏) |
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1945年2月18日 1945年4月5日 |
末松正樹(すえまつ まさき) |
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5年前に88歳で亡くなられた末松正樹さんは、舞踊の研究で訪れた欧州で第二次大戦のはじまりに遭遇し、戦中をフランスで過ごす希少な体験を持った日本人だった。独軍占領下の南仏マルセイユで領事館員として働くが、1944年連合軍の進攻で脱出。スペインに抜ける直前、国境近くの町ペルピニアンで捕まり、1年半近く抑留生活を送る。 |
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■出品作家(五十音順) |
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夜、高層の集合住宅を見上げると、様々な「あかり」を感じることができる。フレームで切り取られたその奥には、千差万別の多様な価値観の元での生活が繰り広げられてるのだなあといつも感じている。 |
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