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2004年12月2日〜12月10日 企画 大倉宏

カラー 14×21cm

村井 勇(むらい いさむ)
■1961年東京生まれ。88年より製作開始された記録映画『阿賀に生きる』で撮影スタッフを務める。担当はスチール写真。93年、長野県南佐久郡にて記録映画『地域をつむぐ――佐久総合病院付属小海町診療所から』に撮影助手として参加。映画撮影終了後、単独で南佐久のお年寄りの姿を撮り続け、97年に新潟市万代リターナにて初個展「ぼちぼちいこか」を開催。98年には長野巡回展、99年には神戸展、京都展を開催。2000年9月新潟絵屋にて個展「泪目小路の猫」を開催。2002年3月より新潟日報社発行のフリーペーパー「assh」の表紙写真を担当。

4年ぶりの村井勇さんの個展。この4年。村井さんの生活はドラマチックに変貌した。写真家としては絵屋便の表紙に続き、新潟日報社発行のフリーペーパー「assh」の表紙ページをデザイナーとのコンビで担当し、継続中。映画「阿賀に生きる」のスチール写真から、長野県南佐久のお年寄りを撮った写真で構成した「ぼちぼちいこか」、下町をモチーフにした前回の「泪目小路の猫」という個展の流れから、ファッショナブルな「assh」への転身に、表現者村井はどこへいくの?と、はらはらのファンがあったかも知れない。
「assh」の表紙写真を見続けていると、けれど村井さんが単独で選んだのでないモチーフの写り込み具合に、村井勇以外のものではない声、タッチのようなものが響いていると感じる。どこかため息に似た、あるいはため息の後にふっと小さく短く吸われる、息のような音。すべてを自分の色に染め上げることだけが表現ではないと、この頃考えていたせいか、その音は胸にしみる。
あえて撮りに出かけるということをせずに撮ったという今回の写真。明るいような暗いような、どっちつかずのトーン、ぽかんと開けた口をレンズにしたような気配。誰のせいでもない雨に、目の中の、意識からずっと遠い地面が濡れている。(大倉 宏)

 


  
2004年12月12日〜12月20日
企画 外山文彦
小川 宏(おがわ ひろし)
■1947年生まれ。コンクールやグループ展など精力的に作品を発表するとともに、1996年より毎年個展を開催する。神奈川国際版画トリエンナーレ、山本鼎版画大賞展など、コンクールへの入賞多数。2003年6月、長岡市内にdotONEなるギャラリーとスタジオを開設。長岡市在住。

←「川面」 「木立」

小川宏さんと出会ったのはいつ頃だったろうか。県展の版画部門での奨励賞や、版画コンクールで東京都知事賞を受賞した頃なのか、版画で活躍していたという当時の印象が残っている。
近年はアートテロリストと自称しつつ、社会的なメッセージを強めたパフォーマンス作品やインスタレーション、映像での個展など多方面に展開されているが、版画家としてのイメージは私だけではなく多くの人のなかにもあるようだ。しかし意外なことに、版画での個展は活動初期のごく小規模なもの1回だけしかなく、かねてからその仕事をきちんと取り上げてみたいと思っていた。
今回、「冬の風景」と「花」を木版画で、とお願いした。
抽象的な作品も多いのだが、あえて具象的で一見ノーマルな題材をぶつけてみた。以前見た、冬の信濃川を彫った作品がしっとりとしていて、とても良い出来栄えだったこともあるのだが、小川さんの表現のエッセンスみたいなものが、より感じやすく呈示されるのではないかと考えた。
風景や花を題材にしながらも、そこにある「空間」を追求したいとのこと。2004年最後の絵屋企画、どうぞ堪能ください。    (外山文彦)
   
 
絵屋から・・・地震のこと
10月23日の夕刻、ゆらーっときました。絵屋では坂爪勝幸展の最中。私は坂爪展を絵屋と共催で同時開催していた画廊Full Moonで、坂爪さんと来客の方と話をしていました。家全体が大きなうねりの中に突き込まれたように動いて、畳の間の神棚の榊を入れた瓶が落ちました。そのあと15分おきくらいに2度大きく揺れましたが、幸い展示していた水指や茶碗などに破損はありませんでした。絵屋にも回って見ましたがこちらも異常なし。その日行く予定にしていたコンサートは中止に。翌日のニュースで中越地域の惨状に驚愕。新潟市は大きく揺れたものの衝撃的な揺れではなかったので、被害はほとんどありませんでした。絵屋の企画委員で長岡在住の外山さんのところも幸い大事には至らなかったとのこと。数日後小千谷の知人に連絡が通じ、家が危険家屋となり入れなくなったこと、墓石がほとんど倒れ、土蔵も壊滅的な状態であることなどを聞き震源地付近の衝撃を実感しましたが、まだこの目で見るまでは信じられない気分です。
 さまざまな方から連絡をいただきました。ありがとうございます。また被災された方には心よりお見舞い申し上げます。(O)


ある日、幼稚園のお散歩行列が絵屋の前を通りました。「あっ、忍者屋敷だ!」と男の子の声。続いて「にんじゃ〜にんじゃ〜」の大合唱。格子の隙間から絵屋の中をのぞき込む子供達に見つからないように隠れた私は…くノ一?(C)


   

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