新潟の画家たち[前期] 斎藤応志・鉄臣展

前期 6/1[土]―13[木]齋藤鉄臣・応志展

後期 6/17[月]―30[日]熊谷喜代治展

PHOTO: 斎藤応志「カトリック教会」 油彩/キャンバス 45.5×53.0cm

 斎藤応志(おうし)という珍しい名をよく目にしたのは30年以上前、県立図書館で戦前の県展関係の記事を探して閲覧していたときだった。
 昨年絵屋の近くの家で、西堀の柳を描いたしぶいいい絵に出会った。斎藤応志作とあった。ほどなくして新潟大学の展示館に、新潟のカトリック教会を描いた絵が十数点並び、その大半が斎藤応志作と知った。柳の絵よりずっと色鮮やかな絵だった。
応志の弟、鉄臣さんとは、やはり30年以上前、佐藤哲三の話を伺いに訪ねたのが縁で、その後新潟絵屋で2003年に児玉晃との2人展を企画させていただいた。多作で平明な画風の応志、寡作でマチエールにどこまでもこだわった鉄臣。作風は違うが、生涯絵に情熱を持ち続けた兄弟がこの町にいたことを、もう一度、思い出したい。(企画 大倉 宏・小見秀男)

斎藤応志(さいとう おうし)
1903年中条町(現胎内市)生まれ。24年新潟師範学校卒業。戦前の民間主催の洋画公募展「新潟県展」(旧県展)の企画・運営に参画し、自らも同展に出品した。旧県展第1回で3点の作品が入選し、「選外特選」の「船」は市長賞を受賞。第4回で特選。白日会(大正13年創立)へ出品していた時代がある。戦後は中学校美術教師をしながら、新潟の風景や静物画を描き、数多くの個展を開催した。81年没。

斎藤鉄臣(さいとう てつおみ)
1912年中条町生まれ。新潟師範学校で小野末、小柳耕司、山田夏男らと絵を学ぶ。38年から中国で生活し、敗戦後抑留され46年帰国。70年まで教職。73年から同級の小柳、山田両氏と3人展(新潟大和)を始め92年の20回まで続ける。93年以降は新潟の若い画家たちとのグループ展で発表。2003年新潟絵屋で児玉晃との2人展を開催。 2012年没。

斎藤応志 「カトリック教会」
斎藤応志 「船」
斎藤鉄臣 題不詳(けし)
斎藤鉄臣 「雪之街」

PHOTO(上から): 斎藤応志 「カトリック教会」 1955年以前 油彩/板 15.5×22.5cm
斎藤応志 「船」 制作年不明 油彩/板 15.7×22.6cm
斎藤鉄臣 題不詳(けし) 2000年代 油彩/キャンバス 38.0×45.5cm
斎藤鉄臣 「雪之街」 1992年 油彩/キャンバス 45.5×38.0cm