つくる人もみるひとだった
2025年6月14日 発表者/大倉宏 会場/砂丘館

はじめに
2025年4月3日(木)〜6日(日)にスウェーデンのストックホルムで開催されたスーパーマーケット・アートフェア(SUPERMARKET STOCKHOLM INDEPENDENT ART FAIR)に新潟絵屋が参加して、美術家の佐佐木實の作品を紹介しました。これは現地に作家と私(大倉宏)が赴き、展示をおこない、催しを体験したことの大倉による報告です。
6月14日(土)に砂丘館を会場に対面とリモートでおこなった報告の内容に修整を加えましたが、渡瑞(スウェーデンに行くこと)時から7ヶ月、報告会から5ヶ月たった今の時点で考えたことを冒頭に記します。
友川カズキに「一人ぼっちは絵描きになる」という歌があります。
画家(美術家)は基本一人です。その一人が多数=社会とつながる場が画廊/ギャラリーです。そして日本の場合は団体展という場が別にあります。日本の「商業画廊」は歴史的には主にそのヒエラルキー型の団体展の上部に位置する美術家を社会に紹介する場として活動を始めました。またヒエラルキーに属する美術家が、別により小さいヒエラルキーを作ることもありました。ヒエラルキーはつながりを作りますが、一方で「上下関係」という分断を生みます。そこでは上下の美術家はフラット(対等)な関係を築きにくくなります。スポーツ界、音楽の世界でも同様な構造があります。「体育会系」という言い方で表現される場合もありますが、そもそも体育会系が苦手な人の多いのが美術の世界なのだと思います。体育会系的なつながりは個人の「自由」を束縛します。日本の美術(表現者)の世界における団体展(各地域での公募展も含む)の増殖は美術家が本来必要とする「個の自由」という空気を薄めてきました。美術学校では対等な関係(もっともそこにも競争はありますが)だった美術家同士が、卒業後は会社のような昇進競争の社会に投げ込まれます。「商業画廊」もまた「美術家<一人>を紹介する」ことを基本にするため、「選ばれるための競争」を促します。その解毒剤的な役割を果たしてきた一つが「貸し画廊」の存在であり、また近年多い美術家が企画するグループ展なのではないかと思います。「芸術祭」という名称でおこなわれる催しはディレクターの推薦と公募形式をとることが多く、そこでもやはり「競い合い」はあらわれます。競い合うこと自体は悪ではないけれど、それはやはり「自由という空気」をどこかで薄める作用をします。
ヨーロッパの美術の世界がどのようになっているか、正直なところ、いまだに全くわかりません。しかし同じようなヒエラルキーの息苦しさはあるのだろうと想像します。貸し画廊が少ない分、その息苦しさはより強いのかもしれません。アーティスト・ラン・ギャラリー(後述「6」を参照)の多さの背景にはやはり多様な「ヒエラルキー」の存在と、それが体育会系ではない人々を分断してしまうことへのプロテスト(否定ではないとしても)があったのでしょう。
新潟絵屋のあり方としての「見る人の見る人による見る人のための企画展空間」は、そうしたこととは別に、日本の近代における「美術」(という思想・システム)の流入とそれがもたらした日々の生活の場である家から、絵や立体的な造形(今でいう「美術品」)が流出していったという問題認識と、その原因として、各種の美術のヒエラルキーが「見る人」の自由を狭めていったのではないかという考察から生まれました。
「現代美術」にもそのヒエラルキーは潜在していたと私は思います。メジャーな美術雑誌での紹介(紹介される地域は確実に偏っていました)は、そのヒエラルキーを強化する役割を果たしたのではないでしょうか。『芸術新潮』に人気エッセイを連載していた洲之内徹は、東京の銀座で画廊を経営していました。エッセイで紹介し画廊での企画展を開いた新潟の画家栗田宏に「私を利用しなさい」と言ったといいます。ある現実認識のもとで言われたであろうその洲之内の言葉には、栗田への強い期待があったのだと思いますが、それに戸惑いを感じた栗田に、私はいま近さを感じます。
新潟絵屋の存在が新たなヒエラルキーを生んでいないだろうかと思います。どのような姿のヒエラルキーからも、できるだけ距離を置きたいという思いが私にはあります。SUPERMARKETに参加して感じた心地よさは、催し全体を貫くヒエラルキー感のなさでした。一方でその空間で、日本の、そもそもが「美術」自体が輸入品だったことから生まれた諸問題を伝えることの難しさも実感したというのが正直なところです。
以上はあくまでも私(大倉宏)個人の感想です。新潟絵屋の他のメンバーが参加した場合は、きっと違った感想になるでしょう。参加して半年後に考えたことです。
1 参加に至るまで
*かなり長いので早く読みたい方はとばして「2」からお読みください。
今年(2025年)4月にストックホルムで開催されたSUPERMARKET ART FAIRに参加するまでの簡単な経緯を、まずお話をします。
そもそもは2018年の秋にAndreas Ribbungさんというスウェーデンの作家が新潟絵屋と砂丘館を訪ねてきて、SUPERMARKETというアートフェアに新潟絵屋が参加しませんかと誘いをいただいたのが始まりでした。Andreasさんはその催しのディレクターの一人でした。彼はLisa Larsonという大変日本で人気のある陶芸家の息子で、この年新潟市の新津美術館でLisa Larson展が開かれ、そのオープニングに高齢の母に代わって新潟に来られ、新潟絵屋を訪問してくれたのでした。
2002年にスウェーデン在住のイラク生まれのクルド人の作家Madhat Kakeiの個展を新潟絵屋で開催しました。このMadhatさんから、Andreasさんは絵屋のことを聞いて来られたのです。
SUPERMARKET(スーパーマーケット)? 商業施設かな? と思うような名称に、何を言われているのかわからず、しかも当時メールもいただいていたようなんですけれども、それを私がチェックしていず、突然のことで話がよく把握できず、しかもちょっと忙しかったので、15分ぐらいしかお話ができずにお別れしました。
その後メールで何度も、その年、それからその翌年もお誘いがありました。で、改めてそのSUPERMARKETについて調べてみました。
そもそもは2006年にスウェーデンで、商業的なアートフェアMARKETがスタートしたのですが、それに反応してスウェーデンの美術家たちが会期を同じくしてMINI MARKETという催しをストックホルムで開催しました。翌年から名称をSUPERMARKETに変えて、毎年MARKET ART FAIRの時期に合わせて、開催するようになりました。商業的なアートフェアに反応して開かれるようになった、ちょっと性格の違うアートフェアであることがわかりました。で、どう性格が違うかというと、アーティスト・ラン・ギャラリーが参加するアートフェアなんですね。
ギャラリーにもいろんな種類があって、商業的なギャラリーは基本的に作品を展示して販売することを主にしますが、アーティスト・ラン・ギャラリーは、むしろ作家たちが自由な発表の場を求めて、美術家が集まって共同で運営するギャラリーを言います。別な言い方にアーティスト・イニシアチブ、コレクティブなどがあることを知りました。
SUPERMARKETはMARKETにSUPERという言葉がついていることが語るように、商業的なアートフェアを超えるというような意味合いも持たせたようです。そんなことで誘いがあったんですけれども、新潟絵屋も確かに共同で運営してはいます。しかしアーティストではなく、見る人、鑑賞者が集まって共同運営しているギャラリーなので、参加資格はもしかしたらないのかもしれない、Andreasさんが誤解しているのかもしれないと思って問い合わせをしたところ、共同運営していれば問題ないと回答がありました。それではということで、初参加を決めたわけです。2019年でした。
翌2020年に開かれるアートフェアに参加することにして準備を始めました。助成金も申請し、何とか得ることができました。その年に新型コロナの流行が始まり、世界的パンデミックに発展していって、開催の4月には世界中が大騒ぎになっている状況で、SUPERMARKET開催は延期されました。その後中止になったのですが、 SUPERMARKETのホームページを見ると、代わりにスウェーデンのアーティスト・ラン・ギャラリーだけで、それぞれのギャラリーで展示をし、連携するという催しや、パフォーマンスやトークをおこなったようです。
で、次のアートフェアは翌年(2021年)秋に開催されまして、そこに改めて参加しようということで渡航の準備をしましたが、そこでまたコロナの波が、第何波だったか忘れましたけど、世界中を襲って、ストックホルムも8月は入国制限が緩やかだったんですが、私たちが行こうと思っていた9月に急にまた厳しくなりまして、それでも何とかいけるのではないかという見込みで成田まで行ったんですけれども、そこで足止めを食ってしまって、飛行機に乗れず、参加を決めたのに参加できないことになりました。
で、それで終わらずにですね、その連絡をしたところ、Andreasさんから作品の写真を送ってくれれば、それを展示するという提案があって、迷ったんですけれども、せっかく借りたブースをただの白い壁にしてしまうのも残念でしたので、そうすることにしました。で、その協力を隣のブースに展示をしていたストックホルムのギャラリーStudio44の関係者たちに仰ぐことになり、その一人、Masoud Shahsavariさんというイラン生まれでストックホルム在住の美術家が、本当に献身的に、甚大な協力をして下さって、紹介する予定でいた栗田宏、しんぞう、蓮池ももの3人の絵のほぼ全部を実物大で会場に展示してくださいました。Masoudさんから非常に評判も良かったというお話を伺うのと合わせて、Masoudさん自身もその3人と新潟絵屋に興味を持ったという連絡がありました。それが2021年だったのですが、ストックホルムの人たちにお礼もしたいということで、翌2022年のSUEPRMARKETが春に開催されるときに、一緒に私と行く予定だった新潟絵屋の岡部安曇さんが、ちょっと私のほうが都合で行けなかったので、助成金もそのまま少し使えたので、一人で行ってもらいました。そこでMasoudさんほか参加者たちと岡部さんが非常に親交を深めて、またスウェーデンの作家たちも訪問して来ました。そのときの訪問内容は新潟絵屋のホームページに、岡部さんが長文のレポートを書いていますので、ぜひ見て下さい。
▶ ストックホルム在住作家訪問及びSUPERMARKET – Stockholm Independent Art Fair 2022 視察レポート
その後もスウェーデンと新潟絵屋の交流がありました。Masoudさんがその年に新潟に来て私たちの画廊を訪ねたこと。23年にはMasoudさんの写真展を岡部さんと私の企画で開催しました。それから岡部さんが訪ねた作家Johan Svenssonの個展を2024年に新潟絵屋で岡部さんの企画で開催しました。また同じ時期に、そもそものスウェーデンと新潟のきっかけを作ってくれた、Madhatさんの展覧会も2023年に砂丘館と新潟絵屋で開催するなどのことがあり、今年の2025年の春に開催されるSUPERMARKETに、数年ぶりなんですけれども、新潟絵屋も改めて参加しようと思い立ちました。
毎回SUPERMARKETはテーマを設けています。今回は「パッション(情熱)」でした。ちょうどその年(2024年)の秋に砂丘館と新潟絵屋で紹介をする予定だった佐佐木實さんが強いパッションを私に感じさせる作家でしたので、佐佐木さんを紹介するという内容で参加を思いつき、佐佐木さんにも説明し、了解を得て準備を始めました。助成金も改めて申請したのですが、いろいろ状況が変わっていて、最終的に助成金を得ることができず、自費渡航となりました。新潟絵屋から作家の渡航滞在費の一部を負担しましたが、さらに佐佐木さんの作品のオークションを企画したり、募金を募ったりして、募金のほうでは協力してくださる方が何名もあって、渡航のプラスにすることができました。その方々に御礼を申し上げたいと思います。
ということで、3月27日から4月10日までスウェーデンに行ってきました。
2 会場ともう一つの日本のギャラリー
SUPERMARKETは、SUPERMARKET STOCKHOLM INDEPENDENT ART FAIRが正式名称です。初参加の(写真を展示した)2021年はStadsgards駅が会場でした。ストックホルムは水の上に浮かんだたくさんの島から成っている都市なんですけれども、水辺の一角にある、そもそもはクルーズ船の発着駅で、今は使われなくなっている建物でした。そのときの新潟絵屋のブースは2階のエスカレーターを上って最初のスペースだったそうで、非常にいい場所だったようです。そこに実物大の作品写真を展示をしました。かなりいろんな方が見に来て、長く立ち止まっている方も多かったと聞きました。それが4年前です。

3年前(2022年)は岡部さんに一人で行ってもらい、5月26日から29日にSkarholmentセンターというところで開かれたSUPERMARKETも視察してもらいました。視察をしただけではなくて、ブースを出さない人のためのEXPANDED PROGRAMというプログラムもアートフェアでは用意されていて、そこに参加してもらいました。
今回、2025年は同じその会場(Skarholmentセンター)でした。
実は私たちが渡航できなかった翌年から、日本のもう一つのギャラリーがSUPERMARKETに参加していました。彼らの参加のきっかけですが、Andreasから日本のアーティスト・ラン・ギャラリーの情報がないので、参加資格のある、いいギャラリーを紹介してほしいと言われたんです。そのときたまたま私が存在を知った東京墨田区の「京島駅」という、ヒロセガイさんという方を中心にいろんなアーティストが参加している、古い木造の建物を屋根裏部屋から地下まで使い不思議なスペースを作っているユニークなアーティスト・ラン・ギャラリーがあり、彼らにSUPERMARKETを紹介したところ、前向きの反応があって、翌2022年から参加しています。
京島駅のメンバーたちはSUPERMARKETへの参加意義を見出したようで、以後毎年参加するようになっていました。メンバーの一人のおしるこちゃんは、着ぐるみ姿で4日間歩き回り、また会場の外にも出て注目を集め、人気者になったと聞きました。

3 アーティスト・ラン・ギャラリー
当初MARKET ART FAIRも同じ時期に開催されていたそうですが、少し前から、というかもうちょっと前からかもしれませんが、全く同じ時期ではなくなっていたようで、今年のMARKET ART FAIRは5月16日から18日というふうに、SUPERMARKETが終わった翌月に開催されています。
改めて参加しようと思った動機は、パッションというテーマに相応しい佐佐木實さんの作品を紹介してみたいと思ったことが一つです。
そしてもう一つ、アーティスト・ラン・ギャラリーとは改めて何だろうという疑問が去年の夏に湧き上がってきたということがありました。
今年の3月に砂丘館で展示をしていただいた湊雅博さんという写真家と、昨年の夏、新潟でお話をしていたときに、写真の自主ギャラリーが東京の新宿四谷界隈に多いという話があって、その始まりが1976年。新宿四谷界隈に、プリズム、CAMP、PUTといった、写真家が集まって共同で運営するギャラリーが生まれたのですね。プリズムに湊さんも直接関わっていらして、思い出を語ってくれました。改めて写真の自主ギャラリーについて調べていくと、小林紀晴さんという人がタイムリーにも、あるサイトにその日本の自主ギャラリーについてリサーチしたレポート(リンク)をアップされていました。小林さんは日本に、特に東京では新宿四谷に自主ギャラリーが多いという現象が、ちゃんとこれまで論じられてきていないけれども、ほかの国では見たことがない、日本独自の現象だと書いていらしたんですね。一方ではAndreasが新潟絵屋にいろいろ問い合わせてきたように、日本には美術の自主ギャラリーはどうも少ない。アーティスト・ラン・ギャラリーと自主ギャラリーは同じ意味ですが、ないわけじゃないんですけれども、非常に少ないということがどうもあるらしいという気がしたんです。
今年SUPERMARKETに行って、イタリア人の作家とお会いしたんですけども、ミラノには最低500はアーティスト・ラン・ギャラリーがあるということでした。ストックホルムも中心部だけで20以上ありますし、それからフランクフルトの人と去年会ったときにも最低30はあるということで、美術大学のある町には本当に何十も、ごく普通にアーティスト・ラン・ギャラリーはあって、私たちからするとちょっと不思議な状況に思えました。写真の自主ギャラリーは小林紀晴さんが日本にしかないと言っていますが、なぜその美術の自主ギャラリーのほうは相対的に少ないのかが疑問になって、すぐにその理由はわかると思わなかったんですけど、まず現地に行ってアーティスト・ラン・ギャラリーの人たちと交流をしてみたいと思ったのがもう一つの動機となりました。
4 展示
3月27日に羽田を出発して、同日夕方にストックホルムに着きました。
展示が31日からでしたので、最初の3日ほどは市内を見学しました。
展示初日はまだがらんとした感じで、エスカレーターを降りていったところに、入口の案内があるだけでした。
これ(左)は最後の撤収の日の翌日に空っぽになったところを撮った写真です。

こんながらんとした場所をSUPERMARKETの実行委員会の方々が借り、私たちが当日行ったときにはこのようにブース毎のパネルがもう既に設置されていて、白い壁だけが広がっているという光景でした。午後になるとぼちぼちとですね、いろんな国や町から人々が作品などを持って集まってきました。私たちのブースは入り口から入ってすぐ右手のほうの2番目でした。私と佐佐木さんで大きなトランクに入る作品を7点持参しました。

各ブースにはそれぞれのギャラリーの名称と町と国の名前が貼り出されていました。

最初にしたのは照明の設置でした。厚さが5センチぐらいのパネル上部にはめこむ金具があって、それを借りてつけることから始めました。
展示のプランは基本的に現場を見てからということで、何も決めずに行って、作品を出してみてから、どうやって飾ろうかと考えたんですけど、まずしたのは、紙の大きな作品を上から吊ることでした。商業施設だった時期に設置されたらしいライティングレールが、端がぶらぶら浮かぶようなかたちで私たちのブースの真ん中ぐらいまで伸びていたので、そこに佐佐木さん持参の細い木を置いたんです。テープで固定し、その両端からテグスで作品を吊りました。後ろから照明を当てるとまるで障子に光が差しているような感じになりましたので、これを基に考えていくことにしました。

このあと、大体お客さんが左から来るので、最初に目に入る右の壁に一番力強い作品を1点だけ展示しました。佐佐木さんの作品は紙を折ったり、皺を寄せたりして、かなり立体的です。背面の壁に金具を仕込み、磁石で留めていくという方法で、飾る場所を二人で話し合って決めたあと、佐佐木さんが作業をしていきました。

午後になるといろんなブースでも展示が始まり、金槌の音や、賑やかな話し声も聞こえてくるようになりました。かなりいろんなものを、ゴテゴテするという感じの印象を受けるぐらいの物を持ち込んでいるギャラリーもありました。
私たちのブースでは、吊った作品の斜め右下に上下二つに分かれた作品を設置しました。続いて左のほうに額の作品、真ん中に緑色の作品を額なしで設置しました。7点の設置が終わったのが夕方ぐらいでした。隣のブースはチュニジアのギャラリーで、5人の作家がそれぞれ壁面を分けて展示をし始めていました。
展示は31、1日、2日と続いたんですけれども、2日目は私たちかなり早く進んだので、残りの作業をしました。壁の裏側は通路になっていて、配線が後ろにブランと垂れたような状態だったので、脚立を借りてきて、5センチぐらいの幅の上のところにガムテープで留めて目立たないようにしました。カッティングシートの佐佐木さんの名前どこにしようかといろいろ悩んだんですが、横長の作品の上に設置し、机を1台借りて新潟絵屋を紹介したA4の両面の紙1枚と佐佐木さんのリーフレットとそれからこれまでの作品のファイルを並べました。佐佐木さんの作品についての言葉と、企画者としての私の言葉も書き、英訳もして、 2枚のパネルにして掲示をしました。ほぼ2日目には完成していました。

ノルウェーのMøre og Romsdal Art Centerのスペースではかなり大掛かりで壁に色を塗っていました。オランダのギャラリーBillytownのメンバーの一人がオランダ在住の日本人の方で、会場で日本語で話せる珍しい機会でした。私が特に好きだったアイルランドのギャラリーでは一人の作家を紹介していましたが、作品に合わせて、水平線を壁にペインティングしていました。出展者だけが入って休憩できるスペースがあって、そこではコーヒーとか紅茶とかみんな無料でいくらでも飲めました。配慮がとてもよくなされていると思いました。Masoudさんも毎日のように来てお手伝いしてくださいました。




5 ストックホルム
SUPERMARKETの開催前後に、初めて行ったストックホルムの街もずいぶん歩き回りました。ストックホルムは最初にも言いましたように、海が近くて、大きな川の河口近くにいろんな島が浮いていて、それらがたくさんの橋でつながっているという都市です。会場のSkarholmentは旧市街からかなり外れたところでした。
旧市街の中でも王宮があるGamla Stanは歴史的な建造物がたくさん残っていて、細い路地がいっぱいある、面白い、歩いていてとても心引かれる場所でした。建築をゆっくり見て回る余裕はなかったんですけれども、いろんな色が使ってあって、それが周りの空とか光とか自然の色ととても響き合ってきれいでした。道は全部石畳でした。夜も行きました。建物を貫通するトンネルを抜け、坂道を降りていくとまた水辺に出るっていうような街ですね。1時間ぐらいあれば全体をある程度見て回れるほどの広さでした。



これは今回のSUPERMARKETのカタログに載っている中心部の地図なんですけども、線が引かれて、いろんな名前が書いてありますが、これが全部アーティスト・ラン・ギャラリーです。ここを数えただけで20ありますので、中心部だけで20のアーティスト・ラン・ギャラリーがあって、そのほか、この地図から外れたところにもかなりあるので、やはり数十のアーティスト・ラン・ギャラリーが商業ギャラリーとは別にストックホルムの街の中にあるということなんですね。

Sodermalmという南部にあるStudio44をMasoudさんの案内で訪問することができました。 Slussen駅から歩いて10分ほどのところにある大きな建物にはStudio44のほか、カフェ、学校などもあって、いろんな人が共同で使っていました。 Studio44は30人のアーティストが参加しているアーティスト・ラン・ギャラリーでした。とても広いスペースでグループ展が開催されていました。


もう一つストックホルムで印象的だったのは、岩がいたるところで露出していたことです。街全体が岩の上にあるような感じですね。昔の氷河の時期に岩のかけらがいっぱいあったそうで、それが公園などに入っていくとゴロゴロもう岩だらけ。露出した岩が至る所にあって、街全体が岩の島の上にある感じでした。意外と岩は苔むしていました。

6 アートフェアのオープン
オープンの前日には、11時からプレスのビューイングがあるというふうに聞いていました。でもあんまりプレスの方の姿は見えませんでした。
その日の3時から6時まで「SUPERMARKETフォーラム」という、参加ギャラリーから一名だけ参加できる催しがあって、そこに私が参加しました。

主催者挨拶とか司会の進行はなく、3人のディレクター、AndreasさんAlice MáselníkováさんとPontus Raudさんが前に出て、普段のような話し方でボソボソとこれから始めますみたいな感じで始まりました。参加者に色分けされた帽子が全員に配られました。最初にあったのがスピードダンスです。3分間バンドの演奏で、とにかく自分の帽子と色の違う人と二人になって踊って、踊りながら相手に自己紹介をするという催しでした。3分が終わると次の人とダンスするということで、これが3、40分あって、下手な英語でとにかくひたすら人を捕まえて踊りながら自己紹介しました。相手の話はあまりうまく聞き取れなかったんですけども。このあと同じ色の帽子の人が集まり、それぞれのブースに行って説明をするというツアーがありました。
夜は夜中の0時まで内覧会でした。私たちの縁を繋いでくれたMadhat Kakeiさんが観に来て、佐佐木さんのブースを高く評価してくれました。
3日から6日までの4日間、一般の方が見れるアートフェアが開幕しました。時間は12時から夜の8時までで最終日は6時まででした。
7 さまざまなブースとカタログ
報告会では会場を一巡した動画を見てもらいましたが、この報告書では写真で一部を紹介します。

アイルランドのギャラリー Interfaceのブースは、回転するとてもきれいなモビールが展示されました。苔が使われ、日本からちょっと影響を受けたような雰囲気も感じられるアットホームなスペースでした。

アイルランドのギャラリーCustom House Studios+Gallery。一人の作家(Sara Wren Wilso)の抽象的な風景のような作品をいい感じに展示していました。床にもその作品とつながるインスタレーションがあり、壁に描かれた線が生きていました。作品は日本円にして18万円ほどで売られていました。

チェコのPragovka Gallery。扇風機の風で、壁の字がパタパタパタパタ揺れる構成になっていて、その前に顔を黒いストッキングで覆った洋服のおじさんともう一人がいて、二人の不思議なパフォーマンスが会場内の舞台でもありました。

Studio44のブースではMats Landströmさんという作家の映像が展示されていました。寝ながら顔に泥を塗っていくパフォーマンスが映像で流されました。

Studio44のJakob Anckarsvärdさんがいろいろな参加者にインタビューをするコーナー。いろんな人のインタビューをした相手の写真が展示されています。佐佐木さんもインタビューを受けました。

好きだったスペインのギャラリーFosforita Madrid。グループ展でしたが、壁面を分けずに混ぜて展示していたのが面白かったです。その中の、ひとりとてもいい人物画の作者は、佐佐木さんの作品をものすごく気に入って、新潟絵屋のブースで30分も作品をスケッチをしていました。

ノルウェーのギャラリーMøre og Romsdal Art Center。フィヨルド地形でのパフォーマンスの映像が流されていました。長い白い尻尾のような服を着た人が海を渡ってきて、山を登ってまた向こう側の半島のほうに行くという映像です。

トルコのギャラリーPASAJ。6人ぐらいの作家のグループ展。小さいカセットテープとか、海で拾ったものとかをモチーフにし、そのモチーフになったものと作品を同時に展示していました。

ストックホルムのDetroit Stockholm。サッカー選手(?)の個人史を基にしたような不思議なインスタレーションや、人が漫画に変わり、漫画が人に変わっていき、それらが歪んだ形になっていく映像が印象的でした。

ガムテープスペースLocal Arte Contemporáneo(チリ)では、そこを舞台にいろんなパフォーマンスを繰り広げていました。

ショップのようなスウェーデンのギャラリー Fylkingen




SUPERMARKETのカタログも完成していて出展者に配られました。
ノルウェーのK4 Galleriが紹介したTim Høibjegの不気味な映像の一部が表紙になっていました。ひっくり返すとアートマガジンになっていて、そこには韓国のアーティスト・ラン・ギャラリーを紹介するページもありました。

8 パフォーマンス
会期中は展示だけではなくて、大変頻繁にパフォーマンスがありました。
Studio44のJannike Brantåsさんのパフォーマンスは、横に貼った和紙のところへ後ろから墨で線を引いていく、それだけのシンプルなもので、大変印象的でした。同じパフォーマンスを2回されました。Jannikeさんも佐佐木さんの作品を高く評価し、ほぼ毎日のように来て、本当に丁寧に見てくださいました。


Candylandというスウェーデンのギャラリーの人たちの舞台でのパフォーマンスはコミカルでシニカルな内容でした。

たくさんの人が集まった舞台の音楽演奏には私も聞き入ってしまいましたが、当時、スウェーデンは政権が変わり、文化政策への締め付けが厳しくなって、かなりいろんなところで予算が削減され、アーティストの自由な発表がこれまでのようにはしにくくなったことを歌詞にしていたとMasoudさんがあとで説明してくれました。

ノルウェーのギャラリーArregat Kunstnerfellesskaoのメンバーが鳥の衣装をつけ、子供たちも一緒に参加して、不思議な声を発しつつ会場を歩いたパフォーマンスもありました。白板を持ったスタッフが警笛鳴らしながら歩き回って、どこで何時に何があるかを知らせてくれるのですが、私たちは基本ブースにいなければならなかったので、一部を見ることができただけでした。

京島駅では訪れた人が小豆に似た豆を温めた足湯に浸かり、その前でアーティストのラショウさんがパフォーマンスをしていました。足湯は靴下にビニールを履いて温まるということで、好評だったようです。
9 トークとミーティング
トークも頻繁にありました。
場所は会場内の舞台でした。唯一参加できたのがCanteiroというブラジルのギャラリーが自分たちの活動を紹介したトークでした。観客は7、8人でした。

また「SUPERMARKETミーティング」というものがあって、これはどういうものかというと、それぞれのギャラリーがこのテーマで関心のある人たちと一緒に話し合いをしたいと考えたとすると、そのテーマをミーティングルームの前に掲げておくのです。そこに名前を書き込む欄があって、そのテーマで自分も話したいという人が名前を書き込む。決められた時間にミーティングルームに集まって、その人たちが、数人のこともあれば10人ぐらいのこともあるかもしれませんが、1時間ほどでしょうか、徹底的に話をするという、そういう自発的で自由なミーティングの場が設けられていました。ミーティングの存在は途中で教えられるまで知らなかったので、参加はできませんでしたが、非常に面白い、いい試みだと思いました。
10 交流
そんなことで、この4日間かなりいろんな人と交流しました。佐佐木さんのブースにもたくさんの方が来てくれました。
来場者の少ない日もありましたけど、特に土曜日は大変たくさんの人が見に来てくれました。

最終日前日の夜、パーティがありました。Fylkingenという私たちが泊まったBredangという駅のすぐ近くの住宅地の中の一角にある、戦前からあるアーティスト・ラン・スペースで、本当は旧市街にあったのが家賃が高くなって郊外に移転してきたというところでした。音楽を中心とした作品を紹介しているそうで、そこがパーティ会場でした。バンド演奏があって、京島駅のラショウさんはこのパーティに参加するのが一番の楽しみで来ていると仰っていました。ひたすら仮面を被って踊りまくっていました。最初はバンド演奏をみんなただ聞いてたんですけど、ラショウさんが踊り始めると全員が中に入って踊りだし、夜中の2時まで続いたそうです。私は12時前に宿に戻りました。

4日間の会期が終わって、撤収がおこなわれました。何度も参加しているギャラリーは慣れていたようで、あっという間に撤収が終わり、がらんとした空間が現れました。一場の夢のようでした。

11 参加して思ったこと
2006年に始まったこの催しは、毎年いろんなもの、ミーティングやフォーラムなどを付加し、設けたりと、進化をしてきたようでした。
運営も細かいところまでよく考えられていると思いました。しかもそれがノンヒエラルキカルで、偉い人が上にいてその指示でやっているという感じではなく、ディレクターの人たちもとてもフランクでしたし、ボランティアのスタッフたちも本当に気持ちのいい人たちでした。スタッフに日本語を話す人も一人いたんですけれども、とても親切にしていただきました。観客とさまざまなアーティスト・ラン・ギャラリーの交流だけではなく、ギャラリー同士のアーティストが交流するフラットな場にもなっているという感じがあり、そのためのいろいろな工夫がなされているアートフェアだと感じました。
佐佐木さんの展示は大変評判がよかったと思います。中で一番いいブースだっていうふうに仰ってくださる方もあって、他の美術家からも高い評価を受けました。ほかにも、もちろん私から見てとてもいいと思うギャラリーもありましたし、作家を紹介するというよりギャラリーの活動を紹介するブースもあって、本当にいろいろでした。
普通のアートフェアとはかなり違う感じの催しだろうなと思いました。佐佐木さんの作品を紹介することに合わせて、新潟絵屋の説明文も置いていたのですが、新潟絵屋について私がいないときに佐佐木さんが説明を求められてちょっと困ったとも言われたんですが、新潟絵屋をこれまでとは違う人たちにいくらかは伝えることができたように思います。
「つくる人も見るひとだった」と書きましたが、アーティスト・ラン・ギャラリーも専ら自分たちの作品を発表するためだけのギャラリーと思い込んでいたところがあったんですが、その人たちも当然ながらギャラリーを運営し、個展、グループ展を開催していくなかで、それぞれがプロデューサーやディレクターに、企画者になって、展覧会を組織したり、それからほかのギャラリーの人を招いて展示などもしていて、単に自分の発表の場というだけではなく、いろんな人たちの作品を見ながら、会話し、感じ、考えて、展示をおこなっているということが改めて確認できました。
そんなアーティスト・ラン・ギャラリーが少なくともヨーロッパには非常に多いということがわかりました。自由な表現の場の確保ということが、確かに一つあるようですし、アーティストとアーティストが一緒になって創作活動することにも意義を感じている。だからこそ、SUPERMARKETにも参加してくるという印象を受けました。
佐佐木さんは日本でアーティストと話していると、どうしても何かライバルみたいな感じがあって、率直に語り合えない感じを持っていたようなんですが、SUPERMARKETでは、本当にいろんなアーティストが来て、いろんな感想を言っていかれるのが良かったと語っていました。競い合うのではなくて、お互いの創作を見て、喜び、共に場を作るということがアーティスト・ラン・ギャラリーの活動の大きなウエイトを占めているのではないかと思いました。
12 日本の場合
翻って、日本にはなぜ美術のアーティスト・ラン・ギャラリーが少ないのか。
私がよく知らないだけで、日本にもそれなりにアーティスト・ラン・ギャラリーがあることは徐々にわかってきました。しかし、絶対数からいくと圧倒的に少ないなと思いました。理由の一つは団体展の存在かもしれません。団体展もアーティスト・ランなんですね。
アーティスト・ランなんですけれども、今回SUPERMARKETで会った人たちと違い、会員、会友など必ずヒエラルキーがつくられているのが違う点だと思いました。そんなアーティスト・ラン組織が多数あることが、改まってギャラリーという形でアーティスト・ラン・スペースを作るきっかけを少なくしたのかもしれません。
もう一つは貸し画廊の存在です。それが日本は多いので、自由な発表をしたいと思えば、集まって場を作るのではなくて、既存の画廊を借りてやれる環境がある。貸し画廊は自由な発表の場ではありますが、そこからギャラリーやアーティストの人たちとの共同作業に発展するきっかけはなかなか生まれにくいのではないでしょうか。
そういったところが日本の場合は事情としてあるのだと思います。
一方、写真というジャンルでは、なぜか日本は自主ギャラリーが多いということを最近知るようになったんですけれども、貸し画廊もスペースを貸すだけではなくて、作品販売をある程度の収入のベースにしているので、写真展を申し込んでも渋られることが多かったということを聞きました。写真はなかなか売れないのです。写真の場合、カメラメーカーがいろんなギャラリーを作って、そこにいろんな展示を企画している現状がありますが、そこはなかなか新しい表現を受け入れない。新しい表現を写真で求める人たちは、貸し画廊もだめなので、自主ギャラリーを作るようになったという事情があったのではないでしょうか。
また欧州に自主ギャラリーが多いことには、背景がやはりあるというふうにも思いました。まず美術家の存在、発表それ自体、ギャラリーの存在などの社会的価値が認知されていて、それらを公的に支援する体制があるということは、いろんな方々から聞いたことでした。ストックホルムではどの地下鉄の駅に行っても、壁やホームにアーティストの大きな作品が設置されていて、公共的な空間にアーティストが採用されて作品を発表するという形が、普通におこなわれているところがいいなあと思いました。
MARKET ART FAIRもSUPERMARKET ART FAIRも両方支援しているIASPISという文化財団がスウェーデンにはあって、正式には「International Programme for Visual and Applied Arts」という長い名前なんですけれども、昔の工場だった建物のツーフロアが事務所になっていて、そこをたまたま会期中に年に1回か2回しかない見学できる日があったので、MasoudさんJannikeさんと見に行きました。そこでは常時アーティスト・イン・レジデンスで9人のアーティストが滞在製作をしていて、それぞれのスタジオで作品展示がおこなわれていました。スタジオのアーティストを招いてのギャラリートークもあって、本当にたくさんの人が、3時間か4時間だけの短いオープンだったんですけど、集中的にいろんなミーティングがおこなわれていました。廊下の壁にこれまで滞在した作家たちの作品が展示され、滞在した人たちの作品がファイルになって保存されている一室もありました。IASPISのアーティスト・イン・レジデンスにはなかなか採用されるのが難しいというふうにも聞きましたが、応募して採用するんじゃなくてIASPIS側で作家に声をかけて来てもらうということでした。かなり社会的な意識を持ってリサーチなどをしている現代アーティストが招聘される傾向があるということが、IASPISのアーティスト・イン・レジデンスとしての、ヨーロッパの中でもちょっと際立った特徴だということでした。すごいと思ったのはストックホルム市内のアートが関わって文化的に保存活用されている歴史的建造物のマップが掲示されていたことで、その数の多さに圧倒されました。このような財団が存在する環境とアーティスト・ラン・ギャラリーが多いことも、どこかで確かに関係している気がしましたが、突っ込んだリサーチまでは今回はできませんでした。

IASPIS外観(左)
廊下にはこれまで滞在したアーティストの作品が展示されていた。(中上)
アーティスト・イン・レジデンスの作家の展示(中下)
市内の活用されている歴史的建造物のマップ(右)

トーク(左)
アーカイブルーム(右)
参加して改めて新潟絵屋とは何かなと考えました。新潟絵屋はビューワーズ・ラン・ギャラリーだと説明してきたんですけれども、考えてみるとSUPERMARKETに参加してくる多くのアーティスト・ラン・ギャラリーも自分たちの自由な表現の場だけを求めているだけではなく、ほかの作家の作品をも、それぞれが「見て」、ギャラリーを運営しているようでした。確かにAndreasさんがいうように、そんなに違いはないのかもしれないという気もしましたし、しかし、どこか違うのではという気持ちも残りました。
印象を反省し、整理するには時間がまだかかりそうです。
*最後の一文は6月14日の報告会の時点での感想です。

